廃駅探訪・浜寺公園の子供汽車

昨年末12月26日の記事で、1970年ごろと思われる懐かしい写真について書いた。
浜寺公園の子供汽車で、当時運用されていた中間の高架駅だ。
園内の子供汽車は現在も交通遊園駅と花壇広場前駅間を走っているのだが、かつては現在より100m程度南よりの交通遊園駅と現在と同じ花壇広場前駅間を少し違うコースで走っていた。
そして今は通らないコース中間に高架の駅が存在した。
1070年頃の浜寺公園子供汽車中間高架駅
↑これはその時の高架駅前で撮った写真だ。
子供の私はこの駅が好きだった。
現在は使われていないはずなのだが、グーグルマップの航空写真を見ると、駅舎らしい建物が残っているように見える。
40年以上経った今その跡地はどうなっているのか気になったので、実際にその場所を訪問してみることにした。

2012年の大晦日、時々雪が舞う寒い中現在の交通遊園外周を歩いて行くと、記憶にあるドーム形のホーム屋根が見えてきた。
2012年末の浜寺公園子供汽車廃駅水路側
浜寺水路側(海側)から見た高架駅跡だ。
駅舎はドーム形の屋根が黄色く塗装された状態で残っていた。
ただし周囲は柵で囲われ、中には入れないようになっていた。
柵内は資材置き場のようになっていて元の駅施設は荒れている。
駅舎内に入れないことがわかってとても残念におもいながら、駅周辺を散策してみた。
浜寺公園子供汽車廃駅北側

浜寺公園子供汽車廃駅南側
高架駅ホーム両端の勾配線路はすべて撤去され、高架駅の構造物だけが残されている状態だ。
浜寺公園子供汽車廃駅接近
ホームより高いところが無くてよく見えないのだが、水路堤防から背伸びして見てもレールらしきものは見えない。
おそらくレールは撤去されているのだろう。
浜寺公園子供汽車廃駅南側(現在の交通遊園内線路から)
現在の線路は高架駅に向かうこと無く、東側のコースを走る。
浜寺公園子供汽車廃駅正面
これは正面。
柵で囲まれているが、地上駅舎の屋根とホームへの階段が見える。

中はどうなっているのだろうか。
入れないので、手を伸ばしてカメラだけで覗いてみた。
浜寺公園子供汽車廃駅の改札
駅舎の入口部分だ。
浜寺公園子供汽車廃駅ホームへ階段

懐かしい思い出の駅は残っていたが廃墟になっていた。
忘れていた寒さが急に身に染みてこの場所を後にした。
画像
記念写真は撮らなかった。

・・・
浜寺公園の子供汽車。
大阪府営公園デジタルアーカイブスによると、1966年4月2日開通で流線型先頭車の「もず号」運転開始。
1982年7月25日「もず号」老朽化のため引退、サヨナラ運転。
1982年8月1日SL型先頭車の「浪花号」運転開始。
そしてその後しばらくして路線コースが変更されたようだが、変更の年月がよくわからない。
おそらく変更されてから10年以上経っているのではないだろうか。





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この記事へのコメント

たぁくんママ
2013年01月04日 08:12
懐かしい場所が廃墟とはいえ、残っていたのはすごいですよね~
数年前、幼少期を過ごした鹿児島の町を母と訪れた時、すっかり変わり面影もありませんでした。
子供の頃の訪れてみたい場所はあるんですが、
なかなか実行できません
2013年01月04日 20:35
たぁくんママ さん>
もう少しきれいな状態で残っていることを期待してましたので、廃墟状態になっているのを見てがっかりしてしまいました。
町並みはどんどん変化していきます。
そんな中に残されている物があるとうれしいですね。
他にも機会があれば訪れてみようとおもいます。

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